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2021.06.20
演出のことば

〈仮想劇場Ⅰ〉『夜、ナク、鳥』の上演に向けて

一年数カ月の間、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて「演劇がどうあるべきか」を考えながら公演活動をしてきました。何度も厳しい場面がありましたが、劇団員や関係者と知恵を出し合いながら、そして観客の皆さんに援けられながら、なんとか無事に昨年度の活動を終えることができました。そして今年度に入り、一年前にオンライン上演した『ブカブカジョーシブカジョーシ』に次ぐ「仮想劇場」の新作『夜、ナク、鳥』の創作に取り組もうとしていたときに突然、大阪府から「無観客上演」の要請が出ました。

表現者と観客が同じ時間と場所を共有する演劇にとって「無観客上演」は考えられません。確かにコロナ禍のなかで、公演の映像配信を行う機会が増えましたし、演劇では劇場での公演だけでなく表現の可能性を広げるような様々な試みも行われています。エイチエムピー・シアターカンパニーもオンライン上演を行いました。しかし、『ブカブカジョーシブカジョーシ』はあくまでも表現者と観客が同じ時間と場所を共有するための工夫であり、新たな表現への挑戦として取り組んだ作品です。エイチエムピー・シアターカンパニーはこれまでに「無観客」を想定したことはありませんし、今後も予定していません。

もちろん要請は感染拡大を防ぐために真摯に考えられた対策のひとつであり、協力すべきだと考えています。さらに人流を抑えるために「無観客上演」を要請しており、オンライン上演は要請の対象ではありません。加えてこの要請は、ワークショップなど、観客がいない催しも行っている劇場の活動全てを止めてしまわないための配慮ということも理解できます。しかし「無観客」という演劇に対して全く理解が無い言葉を用い、一方的にメッセージを発して表現活動を制限する要請には納得ができません。もし演劇を「無観客」で上演するならば、その表現は誰に向けられたものなのでしょう。

このような要請がある中で、昨年と同じようにオンライン演劇作品を発表することは「無観客上演」を容認するよう感じ、『夜、ナク、鳥』の創作を中断し、あらためてどのような上演が相応しいか、考える必要がありました。そこで今年5月27日に創作中の『夜、ナク、鳥』のオンライン試演会を開催し、関係者から意見を頂くことにしました。試演会後、上演演目や上演方法についてなど、多くの意見が寄せられました。意見の中には表現者と観客のあり方に対するものもありました。また試演会に参加した出演者やスタッフからも多くの意見がありました。このように皆さんの意見を聴きながら、あらためて演劇における「観客」の重要性を確認し、劇場での公演はもちろん、オンライン上演であっても「無観客」は考えられないと感じました。そして昨年の『ブカブカジョーシブカジョーシ』以上に表現者と観客が時間と空間を共に過ごし、作品を楽しむ工夫が必要だと考えました。

そこでエイチエムピー・シアターカンパニーは、7月に上演するオンライン演劇作品<仮想劇場Ⅰ>『夜、ナク、鳥』をご自宅だけでなく、大阪の小劇場、ウイングフィールドでライブビューイングも開催することにしました。つまり、『夜、ナク、鳥』をオンラインでパソコンを使って観ることができますし、大阪のウイングフィールドに集まって他の人と一緒に鑑賞もできます。さらにオンラインでも、希望する観客は上演の前後で出演者と自由に話しができるようにしました。オンラインでも、ライブビューイングでも、作品は映像配信のみですが、可能な限り工夫して表現者と観客に同じ時間と空間を共有しながら作品を楽しんで頂けるよう努めます。

さて、今回上演する『夜、ナク、鳥』は、昨年の『ブカブカジョーシブカジョーシ』と同じく関西を拠点に活動し、48歳という若さで世を去った劇作家 大竹野正典さんの作品です。看護師の女性が保険金殺人を起こす過程をとおして見えてくる人の性がとてもおそろしく、そしてかなしい物語です。5月の試演会を経て、仮想劇場ならではの演出がぐっと増しました。人の心の闇がオンラインで上演される仮想劇場のモノトーンの画面で表現される様子をぜひご覧頂きたいと思います。

そして今回はオンラインの特徴を活かし、関西の俳優だけでなく、東北と北陸で活動する俳優にも出演して頂きます。東北からは仙台を中心に活動している野々下孝(仙台シアターラボ)さん、飯沼由和(言言)さん、北陸からは金沢を中心に活動している西本浩明(演芸列車「東西本線」)さん、春海圭佑さんです。東北と北陸と関西では、天気も気温も新型コロナウイルスの陽性者数も異なります。そのような各地の状況も尋ねながら、稽古を行っています。もちろん東北や北陸で活動している俳優にも、関西弁で書かれている大竹野正典さんのセリフに取り組んで頂きました。ぜひ関西弁のセリフもお楽しみください。

最後になりますが、このコロナ禍は国や自治体から指示を受けているだけでは終わらないと感じています。そこでエイチエムピー・シアターカンパニーの表現者と観客、劇場が共に納得できるルールをつくり、皆さんと約束した時間に演劇が上演できるように体制を整え、今年秋以降の劇場公演を行いたいと思っています。ぜひ今後の活動にもご期待ください。

エイチエムピー・シアターカンパニー 
演出 笠井友仁

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