実在事件に取り組む事(中川真一)

遊劇舞台二月病の中川です。僕は自分の劇団で実在の事件を取り扱ったお話をやってきています。このような作風になったのは、大学時代の同期が大きな事件に巻き込まれたのがきっかけです。多くの人がこの事件をインターネット上で好き勝手に娯楽のように楽しんでは、結末を追いかけようとせずに忘れていく。そんな状況を目の当たりにして、非常に強い怒りを抱いたのです。そして、できるだけ事件が起きる背景を描きたいという欲求が今に続いている訳です。

とは言いつつ、自分の今までを改めて振り返ると、もっと前から事件の当事者の苦悩を娯楽の様に扱う事に怒りを覚える原因があったことに気づきます。

僕の家には、「おっちゃん」という人が居ました。5歳の頃、高い所にしまわれたおもちゃのライダーベルトで遊びたくて、取って欲しいと「おっちゃん」に駄々をこねました。足を踏み外した「おっちゃん」は弱って、寝たきりになりました。朝、起こしに行った僕が、最初に「おっちゃん」の死を知る事になりました。お通夜の席で、僕が居ないと思い込んで話す親戚の言葉が冷たく心に刺さったものです。

その時から、自分自身が人殺しであるかのような居心地の悪さと、TVのニュースで見る事件の犯人に対しての「他人事では無い」モヤモヤをずっと蓄積させていたのかも知れません。

実は、演劇の台本を書きたいと思ったのは小学6年生の平和学習で、学習発表会のお芝居の台本を書いたのがきっかけです。大久野島の工場で働いていた人に聞いた話で、「休み時間に気球を作って、それに爆弾を括りつけて飛ばしていた。広島の原爆のキノコ雲を見て、自分達の爆弾が落ちたと勘違いした。」という話を書き起こした台本でした。今の、取材で話を聞かせて貰って、台本に落とし込んでいくという形は、この経験が元になっていると思います。

題材となる事件は、どのように選んでいるのかと、よく聞かれる事があります。いつも、返答に困るのですが、僕としては事件を選んでいるという感覚ではないのです。TVやネットニュースなどで目にする無数の事件から、「なんとなく記憶に残る事件」を片っ端から調べます。その中から、今描かなきゃならないと思う程、情報が集まればプロットを立ち上げる具合です。いわば、感覚なので、説明のしようがないのです。

実在事件を取り扱う上で、気を付けている事もあります。それは「判決」です。僕個人としては「司法の在り方」に物申す事を目的にしたくないのです。なので、結審された刑罰を覆すような、犯人への肩入れはしないように気を付けています。「身勝手な犯行」は身勝手に見えるように描かなければならないし、情状酌量の余地が無ければ、犯行における犯人への情は抱けないように書かなければと意識しています。僕が書くのはあくまで、犯行に至るまでの道程、いかに選ぶ道を間違えて来たか、追い詰められてきたか、に注力すべきと戒めています。もちろん、作劇の過程で、そのバランスが崩れてしまう事もあるのですが、それは演出の裁量であると割り切って考えています。

事件を取り扱った台本を書くとなると、必ず意識せざるを得ないのが、大竹野さんの存在です。大竹野さんとは一度もお会いしたことが無いのですが、作品を通して(一方的にですが)沢山の対話をさせて頂いた気持ちになっております。多くの事を学ばせていただきました。事件に対する姿勢が最も影響を受けたところかも知れません。大竹野さんの台本は、犯人が憎たらしくなるのです。「こいつは人殺しだ。」と改めて考えさせられるのです。

当然、犯人が犯行を犯すまでの逃げ場の無さが描かれていくのですが、犯人を中心に事件を描いていくだけでなく、複数のアプローチから思考の狭まりを、視野の狭窄を表出しさせていくのです。第三者として客席にいる僕は、「こうすればいい」「ああすればいい」など、事件を救う方法に頭を巡らすのですが、事件の当事者たちには見えているハズが無い。当然、客席も手の出しようがないもどかしさを抱かざるを得ない。転じて、事件への憎らしさが増す。繊細なバランス感覚の持ち主だと、驚嘆させられます。

大竹野さんは、仲間から大変好かれています。皆、生き生きと大竹野さんを、大竹野さんの作品を語ってくれます。人の心を、繊細にも力強く描いていく筆の力だけでなく、人にも恵まれた方なんだなぁと、中川は羨ましく思っておる次第でございます。

中川 真一(遊劇舞台二月病 作・演出)
近畿大学文化会演劇部覇王樹座に入部し脚本を書き始める。大学を卒業し、遊劇舞台二月病を旗揚げ。以降、遊劇舞台二月病の脚本、演出を担当。事件や出来事を自身に落とし込み、類似性や相違点から世間の正当性を問う作品づくりを目指している。

2018年、第把痴回公演『Round』が第25回OMS戯曲賞にノミネート。
2019年、第梟回公演『Delete』が第26回OMS戯曲賞にノミネート。

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